つれづれに思ったことや詩や小説を書きます。 私の言葉が誰かのこころに響くことを願っています。
04 * 2012/05 * 06
S M T W T F S
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
--/--
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消せます。
11/10
05.涙の秘密
あれから、季節は移り変わって冬になった。

陽は短くなり、吐息も白い。

早く温まりたいと足を急がせた。家はすぐそこだ。

だが、ふと違和感を感じて、数歩戻る。

あのピアノ屋敷に明かりが灯っていない。

あの少女は出掛けているのだろうか。

いつだったか。少女は、

「屋敷の鍵はいつも掛けてないから、自由に出入りしてもいいよ」

と、物騒なことを言ったことがある。

女性の独り暮らしは危険だ、と言ったのに対し、

「盗られるものなんてないから」

とひとこと言った。

少女が心配で、俺はもう寒さのことを忘れていた。

少女が居たのなら、少し注意して帰ろうと思っていた。

ベルを鳴らした。

少し待ったが出てこない。

二度目のベルを鳴らす前に本当に鍵が開いているのか、気になった。

慎重にドアノブを引くと意に反して、あっさり開いてしまった。

明かりが無い玄関は吸い込まれるような錯覚に陥った。

僅かな罪悪感を感じながら、ゆっくり暗闇に身を滑らせる。

「いるのか・・・?」

いつも遊びに来るリビングは独りでいるには、広過ぎる。

闇に浮かび上がるアンティーク達は動き出しそうで独りでは不安だ。

こんな不気味な部屋には誰もいないだろう。

とりあえず、明かりをつけなくては始まらない。

だが、なかなかスイッチは見つからなかった。

ガタンと何処かにヴァイオリンケースがぶつかった。

「命(みこと)さん!?」

痛切な声と共に、小柄な影が動いた。

「いや、俺だ」

俺の手がスイッチを見つけた途端、パチンと明かりが付いた。俺は眩しくて目を細めた。

周囲を見回すとカーぺットの上に小柄な少女の姿があった。半身を起こしたその顔は、今まで眠っていたのだろう。目の焦点が合わずにぼんやりとしていた。

「ああ。なんだ、音楽君か。おはよう」

「なんてところで寝ているんだ。風邪ひくぞ」

毛布も掛けず、いつの間にか寝ていたのだろう。楽譜がそこら中に散らばっている。

「これ・・・」

楽譜の一枚を拾い上げて、まじまじと少女の顔を視てしまった。

「何故、泣いている?」

少女は溢れる涙を抑えようともせず、手を伸ばし俺の頭に触れた。

「幸せな夢を視たから。・・・君は似ている」

「誰に、だ?」

「誰にだろう?あたしを傷付けて行った人達に・・・」

少女は最後の一粒の涙を零して顔を伏せた。

「ごめん、ね。今日は帰って」

「あ・・・ああ」

俺は気の無い返事をすることしかできなかった。

俺は怖かった。段々、彼女の秘密に近づこうとしているのが。

最初はあった隔たりがどんどん薄くなって行く様な気がして。

俺は逃げたかったのだ。

まったく違った世界にいた彼女が近づいてくるのから。

真実を知ったら、覚悟の無い俺の世界はきっと逃げる。

俺の手の中の楽譜の筆跡は、あの時の『悲愴』と同じだった。


8087 : Hello Hello Hello / sakura_chihaya+ (PC is broken)
Copyright © 2012 kissberry*LOVE3.
all rights reserved.